原則的に二日ある休みは必ずしも二日とも休めるとは限らないが、大体そのうちの一日はぼんやりして過ごす。
他人に話したらもったいないと言われそうだが、特に活発に何か行動する人間でない私にとって気を張らない一日こそ安息なのだ。
成歩堂あたりにそのことを話したら馬鹿にされるだろうか。いや、あいつもきっと休みは家で昼まで寝ているだろう。あくまでこちらの勝手なイメージだが。
―成歩堂、か。
休日になると幼馴染であり、親友の彼を思い出す。平日は仕事に没頭してそのことばかり考えてしまうが、時間が空くとふと彼のことが頭をよぎる。今何をしているだろうか、昼食をとっているころだろうか、依頼は入っているのだろうか。自分と違う時間を過ごす彼を想像して、しかし特に連絡して確認するでもなく、ただ彼のことを思っている。
それはただ友人を気にしているというには頻度が高く、今日は天気がよく暖かいから机で転寝でもしているだろうかと考えると私の胸まで暖かくなり、もしかしたら仕事で親しくなった女性と食事に行っているかもしれないと考えると途端に胸が苦しくなる。
成歩堂に対する私の感情は異常だ、と気づいたのはそこそこ前で、それ以来やんわりと彼から距離を置いている。その感情から一歩進むにはまだ勇気が足りず、今の優しい関係から一歩抜け出すにはまだ私の心が弱くて無理だ。
成歩堂からの連絡はメールばかりで、特にこちらを不審がっている様子はまだない。彼も忙しいのだろう、私と会う機会は法廷以外では殆どない。私も元々彼から誘いがなければ会いに行かない出不精であったのが皮肉だ。
つらりつらりと昼食後に物思いにふけっていたからなのか、いつの間にか私は眠っていたようだ。
ふと目を開けると、見知らぬ部屋に私は横たわっていた。
そこは畳部屋で、やや色褪せた襖や開いた障子の向こうに午後の日に照らされた縁側が見える。
取り込まれた洗濯物や、部屋の隅に積まれた座布団が生活感を出していて、畳のある家に住んだことのない私にも何故だか懐かしさを感じさせる不思議な空間だった。
いや、私はこの家に来たことがある。それは家の中ではなく、外の縁側から―
「お兄さん、だあれ?」
ぼんやりと考えていた私の後ろから、まだ性別の判別がつかない高い声が聞こえてきた。
後ろを振り向くと、なんだか見覚えのあるとがった髪型の少年が私をじっと見つめていた。
くりくりとした真っ黒な目は懐かしさを呼び起こさせる。
「さぁ…誰なのだろうな」
目の前の少年が成歩堂なのならば、ありえない時期にありえない場所にいる私は何なのだろうか。説明できる気がしなくて、質問で返してしまった。検事としてはあるまじき行為だ。しかし今の私は検事としてここにいるわけではないので、別にいいだろう。
「お兄さん、自分の名前もわからないの?変なの。ボクはなるほどうりゅういち。お父さんもお母さんも今日は用事があっていないんだけど…」
「そうか」
「そうかって。何でここにいるの?」
どうやら恐怖のツッコミはこのころから健在のようで、子供独特の遠慮のなさで早速突っ込まれた。
「残念だが、私も何故ここにいるのかわからない。そもそも私はここにいるべき存在ではないはずなのだが」
「え。じゃあ帰り方もわからないの?」
「そうだな」
私は半ば投げ遣りにそう返した。よくわからない内に飛ばされた懐かしい異空間に、正当な帰り方もない気がするが、不思議なことに私は焦らなかった。ここが暖かい空間だからだろうか。
「ふぅん。今日は矢張とかと遊ぼうかなって思ってたけど、いっか。お兄さんなんかほっとけない感じだし」
「何だ、ほっとけない感じというのは」
「うーん、なんとなく?」
私は失笑してしまった。今の成歩堂も暇があれば私にメールしてくるが、その理由が「なんだかほっとけないから」だそうだ。昔からそういうところは変わらないのだな。
「私はそんなに頼りなさそうか?」
「ううん、そんなんじゃなくて」
成歩堂少年は胡坐をかいた私の足の間に座り込んで、下から覗き込むように私と目を合わせた。
「なんだかはかない…だっけ?ほわほわしてる感じがする。よそ見して、次見たらいなくなってそうな感じ。」
まっすぐ見つめる目と、言葉にスッと肝が冷えた。
「本当に…君は…」
「んー?」
くりっと目を開けて見上げる少年は、無遠慮に私の髪を一房つかんだ。引っ張りはしないので痛くはないが、首が動かせない。
「お兄さんの髪、茶色なのに灰色っぽい。変わった色だねー。でもきれい。」
「そうか。ありがとう」
やや色素の薄い私の髪は生まれつきのもので、学生時代はそれだけで浮いた存在になっていた。良くも悪くもやや特別扱いを受けやすい原因にもなったが、純粋に褒められるとうれしい。特に「彼」に好意的に思われているのなら、悪くはない。
どうやら髪だけでなく、私の瞳にも興味を持ったらしく、彼からじっと見つめられる。
お返しに、私も幼い彼の顔を観察してみることにした。
狭くも広くもない額に、つんつん尖った毛先、しかし実際に手で梳いてみるとさほど硬くなくすべり心地がいい。
髪を梳いてやると、少年は気持ちよさそうに目を閉じた。
まるでのどを鳴らす猫のようだ。
どんぐりのように大きな黒い瞳が閉じられると、ぎざぎざに曲がった眉が気になってしまう。
成歩堂の顔を間近でじっくり見たことがなかったので、眉の生え際がしっかり見えて本当にぎざぎざに生えているのだな、と妙な感動を覚えてしまった。
そうすると、不思議なことにその眉と額に口付けたくなってしまった。
有体に言えば、その奇跡のような眉を愛でたくなってしまったのだと思う。
気がついたら私は成歩堂少年の眉に唇を寄せていた。
髪を梳かれて気持ちよさに目を閉じていた成歩堂少年は、想像し得ない感触に吃驚したのだろう。
目を丸くして硬直している。
かく言う私も内心動揺していた。な、なにをやっているんだ私は!たとえ想い人(の過去)とはいえ小学生相手に「つい」キスしてしまうなど…!
しかし、このキスは子供に対するキスなのか、恋人に対するキスなのか、どっちなのだろう?とどうでもいい方向へ私の脳が逃避しかけていたころ。
「おーい!成歩堂、遊ぼうぜー!」という、やはり私の記憶より甲高い声で懐かしい声が聞こえてきたかと思うと、私の記憶はブラックアウトしていた。
いつの間にかボクの家の中にきれいなお兄さんがいた。
お兄さんから頭をなでられて、気持ちよくってぼんやりしてたら、まゆげの上に何か変わった感触がして、目を開けるとお兄さんがビックリした顔をしてた。
ボクも一緒に固まってたら、ヤハリが外から声かけてきて、そっちを見てもう1回お兄さんの方をふり返ったら、だれもいなくなってて、もっとビックリした。
でも、あのお兄さんだったらありえそうで、妙にナットクしてしまった。
あれって新手のおばけなのかな?
でも、お兄さんだったらまたきてほしいな。きれいだったし。
ちなみに、「己れ→オレ」です。法介の一人称。
↓
己れの主人は変わった人だ。
報復と称して己れを前の主人から奪った後、己れに住処を与えてくれた。
普通、かどうかは判らないけど、前の主人の時は呼び出されるまで己れは人の形を取ることはなかった。
依り代となる人型の型紙に呪を書かれて呼び出されるまで己れの記憶は途切れる。魂のままだと記憶を保てないからだ。
けれども今の主人は己れの普段の依り代を型紙ではなく庭に植えてある(一見では無造作に生えているようにも見える)若い橘の木にした。
用事がある時以外は己れの魂は橘にあるので、昼に近い時間に起きてくる主人やら木に止まってくる鳥やら犬の遠吠えやら、垂れ流しで見ることができるようになった。
おかげで式神のくせに主人より先に都の噂や情報を知ることができる。
(町の小鳥はおしゃべりで、結構人間側の情報を掴んでいたりするのだ。鳥も莫迦に出来ないぜ。)
ある時別の用事で呼び出された時に小鳥から聞いた噂話を話したら主人も感心して、
「君が気になることや話したいことがあったらまめに話してよ。面倒が省ける。」
と仰ってくれた。
それ以来、己れは退屈そうな主人に本当か嘘か判らない噂話を延々話掛けるようになった。
こんなにしゃべることになるなんて前の主人の時ではちっとも考えられないことで(大体おしゃべりな式神なんてもの見たことがない)、我ながら式神らしくない式神になったような気がする。
己れがここに来て以来、初めて主人の来客があった夜。御剣殿がお帰りになった後主人は己れを橘の木の前に手招いた。
「ねぇ法介、君の橘に藤の蔦が絡まっているのが見えるかい?」
「はい。最近は元気良く成長してるみたいで、宿っている時たまに体がきついです。」
「はは、成長期みたいだね。君の橘もまだ伸びそうだし、どっちが先に花をつけるかちょっと楽しみなんだよ。」
「己れの方が先に生えたんだから、己れの方が先だと思います。」
「ふふ、それはわからないよ?植物によって花の咲く時期は変わってくるんだから。君より後に生えてきて、君より先に花咲く植物かもしれない。」
「それでも己れの方が先です!」
むきになって云ってしまった。云い過ぎたか、とちょっとヒヤリとしたけど、主人はからからと笑っていた。
「ふぅ、君は面白いね。そもそもこの橘は前の帝*須磨院から頂いたものなんだよ。僕が都の*丑寅に住まうことになった時、一人で役を勤めるのも寂しいだろうって内裏の橘から枝分けしてくださったものなんだ。だから僕はこの橘が成長するのを秘かに楽しみにしていたんだ。
だけどね、ある日この橘から魂が抜けていて僕は吃驚した。魂がない依り代は成長することが出来なくて、そのまま腐っていくしかない。僕は悲しくて悔しくて、僕の橘から魂を抜き取った犯人を捜そうと思ったんだ。」
「え、植物にも魂が宿ってるんですか!?じゃあ、己れが入ったら元の橘の魂が…」
「最後まで話を聞くもんだよ法介。植物だけじゃない、この世に生きる全てのものに魂は存在している。路傍の石だって、モノによっては魂が入ってたりするもんだよ。動けるものだったら大体魂は宿っている。僕にはそれがわかるんだ。
まぁ、僕の話はここまでにしといて。僕の橘を奪った犯人は予想以上に抜けていたみたいで、わざわざ僕の家に訪ねてくれたよ。橘の魂を携えてね。」
「え。ま、まさか…」
己れは視線を橘の木に向けた。そういえばその時は気付かなかったけど、この木に初めて宿った時、ほっとしたような気がする。
「そう。君があいつの問いにしたいらえは正しかったんだよ。君は元々あいつの式神ではなく僕の橘の魂だったんだから。僕は君の答えがとてもうれしかった。記憶がなくて一時的に他人のものになっても僕の元に戻ってきてくれたんだからね。」
そう云って己れを見た主人は慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
己れは恥ずかしくなって、つい顔をそらしてしまった。
「そ、そんな…予想外でした。」
「ふふ、ちっとも気付かないようだったからいつ打ち明けようかと思ってたんだけどね。ついでだから話しちゃおうかと思って。」
「ついで、と云うと?」
「そろそろ僕の呼び名を『主人』から変えてもらおうと思って。」
「え、ええええ!!?」
己れにとって主人は主人なんだけど、どうしろと云うんだろうこの人は!
「無理ですよ!己れら式にとって使役主はどうあっても主人です!言霊を反することは出来ませんよ!」
「いやいや、いきなり呼び捨てにしろってことじゃないから。流石にいきなりタメ口になっちゃこっちも気分がよろしくないからね。」
「そういう問題じゃありません!下手をすると式として存在も出来なくなるのに…」
言霊というのはそれくらい縛りが強い。世の理を司るものだから、立場を省みない言動をすれば、存在そのものが揺らぎ易い己れら式神はこの世に存在すら出来なくなる。
「わかってる。僕も微量ながら世の理を知るものだからね。そうじゃなくて、君のこころをもっと僕に近づけて欲しいんだ。人と橘という理としての存在はかけ離れていても、魂を僕と繋げて欲しいんだよ。家族のように。」
その言葉を聞いた時、己れを見つめる主人の目に何かがよぎったような気がした。寂寥感のような、子を想う愛おしさのような…。
己れは主人と大して長い時間を共有したわけではないからその寂しさの理由はわからなかったけど、気がついたら首を縦に振っていた。
そこから二人で妥協点を探していって、己れは主人を「イチさん」と呼ぶようになった。イチさんは「さん」が他人行儀で嫌だと駄々をこねたけども、敬意を表す言葉がなかったら己れが存在できなくなりそうだったのでそこは譲れない。
己れとしては主人の呼び名を変えるだけで精神的に疲れたのに、主人は立て続けに爆弾を落としてくれた。
曰く
「下の子が出来るとしたら弟がいい?妹がいい?僕としては妹の方を強くお勧めするけどね。」
だそうだ。どうやら己れの依り代に絡まっている藤を兄妹式にするつもりらしい。己れは投げ遣りに
「イチさんの好きなように!」
と云い逃げて橘の中に戻ってしまった。そんな己れを追う様にけらけらと笑う主人の声が聞こえた気がする。
己れの主人は本当に変な人だ。
*
須磨院→裁判長をイメージしていただけたら良いかと。
丑寅→鬼門。人ならざるものがやってくる方角が鬼門とされ、厄災がやってくるのも鬼門と考えられていた。鬼門を抑えるということは都を守るためにも重要で、ここでは陰陽師として力のある成歩堂が役についていた。
・木花の妄想です。
・某サイト様のパロを見て火がつきました。のでパクリだ、不愉快だとお感じでしたらすぐに閉じてください。(共通点は成歩堂が陰陽師という点くらいだと思います)拍手で仰って下さったらすぐにでも下げます。
・4のキャラが出てきます。成歩堂はニット風です。
・ネタなので木花が書きたい場面だけ書いたり、説明不足で判り辛い場面がでてくる場合があります。ツッコミがありましたら訂正しますので、ご容赦ください。
・なるほど→晴明、みっちゃん→博雅のイメージで。法介は成歩堂の式神です。
・特にCPは意識していませんが、書いている人間が女性向け好きなのでほんのり女性向けになってる可能性があります。
それでも付き合ってやるよ!という方は↓へどうぞ。
「ところで成歩堂。」
「ん?」
「その後ろに控えている水干の少年は誰だ?」
「さあね。」
「こら、そう投げ遣りに返すな。お前も*式を持つようになったのか?」
「お、よく知っているね御剣。流石頭中将さまは物知りでいらっしゃる。」
「そうふざけるな。…矢張り式か。お前が人を雇う余裕があるとも思えんからもしやと鎌かけただけだ。しかし、何故今頃式なんぞ持とうと思ったのだ?今まで面倒だと云いながらすべての雑務を己でやっていたではないか。」
「別にいいじゃないか、どうでも。…っていつもなら云うだろうけど、今日は気分がいいから教えてあげるよ、頭中将どの。」
「それはご拝聴承ろうか、陰陽師どの。さっさと話せ。」
「そうせっつくな。えーっと、ちょっと前にうちに珍客が来たんだ。中々小癪な狐だったよ。」
「ほう、お前が云うならかなり小癪だったんだろうなその狐は。」
「うん。これ見よがしに僕に自分の法力の凄さを見せつけようとするんだ。僕は都(ここ)の名声なんてどうでもいいのにね。僕自身のことはどうでもいいけど、綾里の子のことまで丁寧な口調で見下したこと云ってたから報復してやった。」
「それが?」
「うん、あいつの連れてた式を奪ってやった。依り代ごと。一旦家を出て、すぐさま気付いたんだろうね。僕のところに戻って「私の式神を知りませんか?」って云ったから、後ろにいる法介に「知ってる?」「いえ、存じません」って。」
そこまで云うと、御剣は腹を抱えて笑い出した。こいつがこんなに笑うの久々に見たな。僕の後ろに控えている法介も驚いた気配がする。あいつ普段話してる時も大体眉間にヒビが入ったままだから、いきなり相好を崩して吃驚したんだろう。僕としてもあの生意気な宮廷陰陽師に一泡吹かせてやった後、ニヤニヤ笑いが止まらなかったけど。
「ああ、笑った。そうか、狐とやらはあの牙琉のアレか。鼻っ柱を折られて今頃君に呪でも掛けているんじゃないか?」
「ふん、あれしきの法術でどうにかなるもんか。都の鬼門にあるこの屋敷にちゃちな呪を掛けても何の意味もない。それくらいアレも判っているさ。残念ながら僕自身は失脚するほど高い地位にも居ないし、嫌われ者は慣れている。」
「そう云うな。そんなお前でも慕う者は居るのだから。」
「お前とか?」
「そうだな。友人として慕っているよ。」
「…わぁ~、頭中将さまったら大胆~。」
「恥ずかしがるな。大好きだぞ。」
「…もう勘弁して。顔の熱で死ぬ。」
顔の皮が厚くなりやがって、御剣のやつ。法介が扇でパタパタと扇いでくれた。自分の式に云うのも何だが、気が利く子だ。
「お前が振ってくるから、期待に応えてやっただけだ。」
大真面目に返されても困る。ここら辺本気で言ってるから参るなぁ。振り方失敗した。
そんなこんなで「笛が聴きたい」と頼めば御剣が吹き、寝転がる僕の横で粛々と笛を聴き入る法介の気配を感じながら、僕は瞼を下ろした。
酒盛りの夜は更け行く。
*
式神(式)→ヒト以外の依り代(肉体、物質)を持つ魂を、術によって具現化したもの。陰陽師が使役する。ということにしといてください。
ネタフォルダからその2。木花の脳内の成王成をいろんなネタを含めて書いたものです。
御剣の扱いがとても可哀想なので、ご注意ください。みっちゃんごめんよ。
↓
事のはじまりとその日常・御剣編・千尋(ゴドー)編
はじまり-
成歩堂さんが俺に甘えだした/
はじめては雷の夜、事務所でだった/
どうやら成歩堂さんは甘えたらしい、態のいい懐き対象が俺のようだ/
日常ではスイッチが変わるように何事もなくあの特殊な関係をまったく匂わすことなく俺に接してくる、俺もつられて普通に振舞っている/
人前でいちゃつくのは恥ずかしいので願ったり叶ったりなんだけど、少しさみしいかも…?/
成歩堂さんの周囲は結構彼を頼りにしている人が多いことに気付いた/
弁護士時代の名残だろうか、男女関係なく好意を持たれていることがわかる/
でもその中で誰の手も取らずなぜか新参者の俺が彼の恋人/
夜のアレの慣れっぷりを考えると、昔男の恋人が居たんじゃないかと思う/
もしくは彼を開発してしまうほど深い交わりのあった恋人か/
成歩堂さんはそれを受け入れるほどの深い愛を経験しているのか…
(過去に嫉妬する俺はみっともないな…)
御剣-成歩堂の恋愛観
テスト裁判後、成歩堂さんのところに御剣さんが頻繁に通うようになった/
第三者が見てもすぐにわかるほど御剣さんは成歩堂さんにアプローチをかけている/
でも成歩堂さんは気に掛けていない様だ/
ある日とうとう御剣さんの口から想いがこぼれてしまった/
夜、冴えない顔をした俺に成歩堂さんが話す/
御剣とはあくまで友情しか成り立たず、御剣の想いに答える気はない/
御剣はある時期から親の愛を奪われ、他人に愛されることを熱望している/
しかし僕は彼を甘やかすことはできても愛を与えることはできない/
彼を友愛でしか見れないから/
彼は甘えることばかりで与える愛を知らないから、僕は彼に甘えることができない/
僕の恋愛観と彼のそれは違うから、と/
俺は成歩堂さんを甘えさせることができる唯一の人らしい/
だから今のところ御剣さんに想いが揺らぐことはないとのこと/
後日、告白しに来た御剣さんを成歩堂さんはものすごい台詞で断ったらしい/
御剣さんは大いに泣いて飲みに行ったりしたらしいが、その後吹っ切れたようで、今は成歩堂さんとの友情が戻ってきているらしい/
けれど、多分まだ御剣さんは成歩堂さんを想っているんじゃないかな/
想いの形が少し変わっただけで…
*小休止
君には色々言い訳じみた弁明をしちゃったけどね。
恋に落ちるってのは、理屈じゃないんだ。
気がついたら君を目で追ってた。抱きつきたい、困らせたい、甘えたいって欲求が強くなっていった。
何で御剣じゃなかったのかって、本当は僕にもよくわからない。
でも、僕が好きなのは女性でもなく幼馴染でもない君なんだ。この気持ちは誰にも嘘だなんて言わせない。
愛してるよ、法介。
眠りについた青年の髪を梳きながら男は青年を愛おしく眺めていた。
ゴドーの語り-過去の恋人
御剣さんの件が終わった後ゴドーと名乗る長身の人が事務所にやってきた/
立ち聞きするつもりはなかったんだけどつい耳を傾けてしまう俺/
二人は事務所の初代所長の千尋さんという人の話をしていた/
聡明で美しく、二人の憧憬を受けていたことは彼らの話しぶりからわかる/
でも、なんとなく二人とも彼女とは深い関係があったんじゃないかと思う/
二人は共通の「特別な人」の話で盛り上がっていた/
お互い「彼女」との仲を口に出すことなく…/
その日の夜、寝室に向かう成歩堂さんに俺は切り出した/
成歩堂さんの恋人は千尋さんだったんですね、と/
成歩堂さんは言った、そうだよ、確かに僕は彼女を愛していた/
けれどもそれは終わった愛なんだよ、と成歩堂さんは続けた/
僕は彼女の死を乗り越えるのに長い時間がかかった。彼女の死は唐突過ぎて、受け入れるのにとても時間がかかった。ゴドーさんが僕を追及したときも、僕の隣にいる彼女に依存していた。ゴドーさんに認められた時、初めて僕は自分の中に千尋さんが「生きている」ことに気付いたんだ。そして同時に僕は千尋さんの死を受け入れた。生と死で別たれようとも、千尋さんから受けた愛は変わらない。僕が彼女を愛したことも。彼女の愛は僕の誇りになっていたんだ。だから僕は彼女に別れを告げ、一人で歩き出した。そして…君に恋をした、と/
そう言った成歩堂さんの体に重なるように、髪の長い女性の影が見えた気がした/
長い成歩堂さんの告白を聞いて、俺は自分でもくだらないと思いながらつい尋ねてしまった/
俺は千尋さん程貴方を愛せますか?と/
成歩堂さんは苦笑しつつ首を振って言った/
君に首っ丈の僕にそんなこと聞くの?そんなことより僕を甘やかしてよ、と…
*
書き終わった後、自分は最後の二人の台詞を書きたかったんだなと気付きました。